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木曽義高のお墓がある大船・常楽寺に行ってみた(2018年11月25日)

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もう年内は、ポテチなんて食べない。今度こそ本気です。

こばやかわです。

 今回は木曽義高のお墓があるという、大船の常楽寺に行ってみました。

 

 

 

当日、鎌倉女子大(大船キャンパス)で鎌倉検定3級を受検していた私。

近くに何か面白いところでもないかと探してみると、木曽義高のお墓があるではないですか。

これは行くっきゃない。

 

木曽義高とは?

ご存じない方のために、木曽義高という人物についてざっくりと説明します。

木曽義高は木曽(源)義仲の嫡男

11歳の頃、頼朝の長女・大姫の許婚として鎌倉にやってきます。

 

といっても、実質的には人質でした。

当時5ちゃいだか6ちゃいの大姫はそんなことはつゆ知らず、義高さまのことがだーい好き。  

↓↓これを読めば、あなたも「義高さまぁ」と呼びたくなる……はず。  

 


北条政子 (文春文庫)

 

まっ、大方予想は付いていると思いますが、義高の父・義仲は頼朝に討たれます。

そして義高の命も狙われ……ドラマチックな部分のネタバレは避けるとして……結局、頼朝の追手に殺されてしまいます。

悲しい運命を辿った義高のお墓があるという常楽寺に、さっそく徒歩で向かいました。

 

常楽寺に行ってみた

これだけ木曽義高を推していますが、常楽寺は北条泰時*1ゆかりのお寺。

北条泰時のお墓がある

泰時が義母の供養のため、「粟船御堂(あわふねみどう)」を建てたのが始まりとされています。

そのため仏殿の裏には、北条泰時のお墓も。

 

 

お墓が3つ並んでいますが、しっかりと案内があるので安心。

 

 

意外にちっさ! と思う、北条泰時のお墓。

 

蘭渓道隆も住んでいた

常楽寺はさほど知名度が高いとは言えませんが、 蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)*2が建長寺*3の開山以前、住んでいたお寺でもあるのです。

境内

 

↑天井には狩野雪信の「雲龍」が描かれてるっていう仏殿

 

 

↑仏殿の左手にある「文殊堂」

 

 

イチョウや、

 

池なんかもあります。

 

いざ義高さまのお墓へ

さて、義高さまのお墓へGo!

お墓へは一度山門を出て、左手にある細い道を進んでいきます。

途中から、結構険しい道になりますよ。

 

 

こんなの、まだまだ序の口よ。

ヒールのある靴なんて、もってのほか。

偶然居合わせたおじさんは、足を踏み外したのか知りませんが、普通に滑っていました。

それくらいの傾斜。なめてかかったら、本当に危ない。

 

 

そんな厄介な道の途中にあるのが、「姫宮の墓」

こちらはもちろん義高のお墓ではなく、北条泰時の娘の墓とか、はたまた大姫の墓とか言われているみたいです。

さらに上っていくと、やっと見えてくるのが義高のお墓。

 

 

↑木曽義高のお墓「木曽塚」

 

 

先ほど見つけた簡素すぎるお墓とは違い、傍らには石碑も。

 

お墓が向いている方向を見てみると、なかなか見晴らしの良い場所であることに気が付きます。

ちょっと木は邪魔ですけどね。

それが、せめてもの救いです。 もっかい、本を読み直そう。

 

常楽寺
  • 【住所】鎌倉市大船5-8-29
  • 【拝観時間】9:00~16:00
  • 【拝観料】無料
  • 【最寄り駅】JR大船駅(バス「常楽寺」下車もしくは徒歩15分)

 

*1:鎌倉幕府の第3代執権。連署とか評定衆とか御成敗式目とかの人です。

*2:南宋の臨済宗の僧。後宇多天皇から日本初の禅師号「大覚禅師」を与えられた。

*3:鎌倉五山第一位のお寺