発狂しそうな月末は北条泰家の絶望感を想像したらOK

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今月も、ノルマに追われて発狂しそうな月末を乗り越えることができました。

 

誰にしていいかわからないけど、とにかく感謝。

 

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そうそう、北条泰家という人物をご存じでしょうか。

 

御成敗式目で有名な、北条泰時ではありません。

 

です。

 

 

私の愛読書『日本史用語集(A・B共用)』には出ていないので、高校では習わないようなマイナーな人物のようです。

 

私も鎌倉幕府の滅亡について書いていて、初めて知りました。

 

 

北条泰家は北条高時*1の弟。

 

新田義貞の南下を食い止めるために幕府から派遣され、多摩川で新田軍を迎え撃ちます。

 

多摩川は幕府の防衛上、大変重要な場所。

 

ここを破られたら後はないのです。

 

 

 

ではここで、新田軍勢の素晴らしい仕事っぷりを見ていきましょう。

 

1333年5月8日 上野国で挙兵

1333年5月11日 小手指原の戦い(新田軍○ー幕府軍●)

1333年5月12日 久米川の戦い(新田軍○ー幕府軍●)

1333年5月15・16日 分倍河原の戦い ←今ココ

 

このように、新田軍は破竹の勢いだったわけです。

 

そこへ高時の弟を投入し、なんとかしようというのが幕府の思惑。

 

まっ、結局幕府側が負けるんですよ。はじめは優勢だったのに。

 

泰家は命からがら鎌倉に逃げ帰ります。

 

 

ここからは妄想です。

 

負けられない戦いに負けたんですよ? それだけでも精神的にやばいですよね。

 

 

追い打ちかけるように、こう言われるんです。

 

「そうそう、実は5月7日に六波羅探題、攻め落とされてるんだよね」

 

実際に膝から崩れ落ちたことはない私が、この妄想で膝から崩れ落ちそうになりました。

 

マジで終わりじゃん……。

 

ちなみに鎌倉幕府が滅亡したのは1333年5月22日です。

 

 

 

これからもちょいちょい北条泰家の当時の心境を妄想して、絶望感を味わってみたいと思います。

 

どんなにつらくても、泰家よりはたぶんマシでしょ。

 

*1:鎌倉幕府第14代執権・最後の得宗