人の許し方

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前回に引き続き、エッセイ講座(入門レベル)受講中の私の作品を晒しています。今回は原稿用紙5枚、テーマは「心に残る言葉」でした。

  

 

他人からされて嫌なことは、自分も相手にしてはいけない。人の気持ちを考えて行動する。幼稚園で習うようなことだが、実際にはできていない大人も、世の中には存在する。
「夏休み、石垣島に行ったんだってぇ?」
また来たよ、あのオバサン。昼食を食べ終えた私は、職場のトイレで化粧直しをしているところだった。
「あそこらへんって小さな離島も面白くってぇ……」

 

彼女はいつも、私の知らない価値ある情報を、惜しげもなく披露してくれる。非常に有意義な時間を過ごすことができる。ちなみに私が知っているかどうかは、すべて彼女の判断による。こちらとしては、できることならずっと白目をむいて聞いていたいくらいだ。
「沖縄にも詳しいんですね」
この人に対しては、そう答えるのが正解なのだ。言いたいことがあっても、ぐっと堪える。相手は周囲からの賞賛を受けて当然、と考えている人間なのだから。


自尊心が満たされた彼女は、トイレの扉を意気揚々と閉めて出て行った。ずかずかと、独特の歩き方で。


そう、四十代半ばを過ぎた彼女は、いわゆるお局様という存在だった。誰であっても、彼女に物申すことは許されない。意見しようものなら、ヒステリックな叫び声が、静かなオフィスの空気を切り裂く。あれを聞かされるぐらいなら、黒板を爪でキーっとひっかかれた方がマシだ。いかなるルールも適用できない、社内における聖域だった。

 

彼女には、常にターゲットがいた。仕事ができて、美しく完璧な自分(言わずもがな妄想である)に盾つく人間がいることが、許せないようだった。一度銃口を向けられてしまうと、立ち上がれなくなるまで撃ち続けられた人を、実際に見たりもした。


そのため周囲には、積極的にご機嫌伺いをする大人たちも少なくなかった。その姿が滑稽で、同期たちと「喜び組」と揶揄していた。一方、私自身は迎合するのは癪なので、我関せずの姿勢を貫くと決めた。とにかく、自分が標的にならなければそれで良かった。


しかし、幸せはそう長くは続かない。とあるサービスの運営方法について、彼女と意見が対立したのだ。相手が誰であろうと、おかしいことは指摘しなくてはならない。こちらは真剣に仕事をしているのだから! 正義感をこじらせた私はその時、生まれて初めて「キレる」という体験をした。自分でも制御できない怒りは、体中の穴という穴をすべて開かせるらしい。


以来、私は彼女のターゲットとなった。無視や陰口は当たり前、ついには堂々と仕事の嫌がらせをしてくるようになった。請求書の期日をわざと無視されたので、指摘をしたことがあった。すると、あなたの思い通りに周りが動くと思うな、という趣旨の長文メールをいただいた。無論、期日を設定しているのは私ではない。そして期日を守らなければ、会社の決算発表に間に合わない可能性も出てくる。上場企業としては致命的だ。さらに、人格否定ともとれるメールが送られてきたこともあった。


そんな生活が三年続いた。私は会社を辞めることにした。もっと専門的な仕事がしたいと、上司に告げた。確かに、これはうそではない。だが主たる理由は、やはり彼女であった。退職の数日前、人事部長に呼び出され、それまでの事実を伝えた。


それから一年も経たないうちに、彼女は左遷されたと聞いた。新しい職場でも変わらぬ仕事のスタイルを保った結果、部署をたらい回しにされているそうだ。

 

これで復讐は果たせたかのように見えた。しかし、心は晴れない。彼女がいくら社会的な制裁を受けようとも、私への直接の謝罪はないのだから。


あれから数年経ったが、私は許せていなかった。それどころか、許せない自分にすら怒りを感じていた。変わらない過去をいつまでも引きずる自分は、なんて愚かなのだろう。


かつて、友人から『南洲翁遺訓』を薦められたことを思い出した。西郷隆盛の言葉をまとめた本だ。
『人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして、己れを尽くし人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬ可し』


読んだ瞬間、これだと思った。ひどく恨んでいるとき、世界には私と、彼女しか存在していなかった。たとえ彼女が死んでも怒りは消えず、私は批判をやめないのだろう。そんな予感を、西郷どんは否定してくれた。人をいくら憎んでも、何も変わらないのだ。そんなばかばかしいことに、私は多くの時間を費やしてしまった。高い勉強料だった。身を削って教えてくれた彼女にも、感謝をしなくてはならない……のだろう。

 

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