ゲンジボタル

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今、某エッセイ講座(入門レベル)を受講しています。講師の先生と私の一対一のやり取りだけだと少し悲しくなってきたので、ブログ上に載せていきたいと思います。

 

講師の方に問い合わせたところ、作品中の登場人物や固有名詞に配慮するなら構わないということでした。なお、無料で添削していただける方は大歓迎です。

 

 

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本文「ゲンジボタル」

 

六月のある日、由比ガ浜は鈍色(にびいろ)の空を映していた。『トビに注意』と書かれたボードを眺めつつ、私は赤坂にある職場のことを考えていた。みんな、今頃は忙しく仕事をしているのだろう。


仕事のストレスで体調を崩し、気分転換にと一人で鎌倉までやってきたのだった。私は負けた。海に着いたばかりの頃は、そんなことしか考えられなかった。しかし波とは不思議なもので、ゆっくりと他のことへも興味を飛ばしてくれるのだった。


ある程度満足した私は、その日の宿へと向かうことにした。駅前のゲストハウスだ。一人旅には慣れているが、初めて宿泊するゲストハウスに少し緊張していた。


ドアを開けると部屋の真ん中あたりに、ショートカットの女性が座っていた。

「ご主人、少し留守にするみたいです」


話しやすそうな彼女と、しばらくしてやって来た若い女性の三人で、食事へ行くことになった。


全員、ゲストハウスは初めてだったようで、お互いにホッとしていた。駅の近くで鎌倉名物のしらす丼を食べ、その帰りに蛍放生祭が鶴岡八幡宮で行われることを立て札で知った。

「せっかくだから」


出会ったばかりの人と蛍を見に行くなんて思わなかった、と笑いながら、境内に入った。中は混んでおり、すぐに行列の手前で足が止まった。池に蛍が放たれるそうだが、そのだいぶ手前で待つことになった。


並んでいる途中、高校生くらいの男の子たちが大笑いしていた。迷惑と感じつつも、その若さが羨ましかった。このコたちもすぐに大人になって、社会へ出ていくのだろう。


彼らの頭上に一筋、黄緑色の光が走った。池から離れた場所まで飛んで来た蛍だった。そうか、種類はゲンジボタルか……。


ゲンジボタルの名前の由来は諸説ある。その一つに、無念の死を遂げた源頼政が蛍となったという伝説があるそうだ。鶴岡八幡宮は平家を倒し、鎌倉幕府を開いた源頼朝ゆかりの地。そのきっかけを作ったのが頼政だ。これは何かの因縁を感じずにはいられない。怪しく光るゲンジボタルは、薄暗い闇の中、空高く消えて行った。


幕府成立のため、どれほどの命が犠牲になったのだろう。そんなことを考えていたら、意外にも早く池へ着いた。
「きれい……」


吸い寄せられるように集まった無数の光を見て、そう言わない人はいなかった。私の口からも当然、それが漏れる。しかし、直後に絶句した。戦で命を落とした名もなき者たちの魂。その弔いのために、私は導かれた気がしたからだ。

 

それ以来、他人にはすすめるものの、決して自分では行かない夏の風物詩となっている。


書いてみて思ったこと

 

まず、講師の先生には前向きな結論を出した方が良いとのご指摘を受けました。そうなのか。エッセイって、そういうものなのか。そんなこともわからずに書いていた・・・・・・。すみません、先生。

 

そしてエッセイを提出するときは、もちろん原稿用紙に縦書きです。こうして横書きにしてみると、やはり縦書きと横書きの文章を読むスピードというのは違ってきますね。(私の気のせいでしょうか・・・・・・)

 

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