浅井長政的な生き方

スポンサーリンク

昨日、録りためていた「歴史秘話ヒストリア『浅井長政 戦国ぽっちゃり男子の愛と誠』」を見た。その放送内容によると浅井長政の中身が実にイケメンだったので、戦国時代アレルギーを持つ私さえ、心があったまった。

 

以下、ネタバレを含みますというか、ほぼネタバレですのでご注意ください。

  

 

ふとっちょ☆長政

 

浅井長政の治めていた北近江は恵まれた土地で、食の宝庫であった。さらに街道がいくつも交わっていたため、全国から美味しいものが集まってきたそうだ。そのため、そこに暮らす人々の生活も豊かで、色んな人が食べ物を献上してくれた。

 

おかげで長政は若い頃からぽっちゃり体型だったらしい。ちなみに長政のお姉さんの体重は105キロ。これはぽっちゃりの域を超えている。

 

ちなみに調べてみたところ、体重105キロの有名人としては芋洗坂係長や、

 

 

 

ふとっちょ☆カウボーイ

 

などがいた。

 

紹介しておいてなんだが、ふとっちょ☆カウボーイの芸風をまったく思い出せない。

 

謙虚で義理堅い男

 

そもそも浅井家というのは、もともと一つの惣村の代表を務める家だったそうな。しかし長政の代になると、近江の北部を治める大名になる。

 

そういった経緯があったため、惣村同士のトラブルに関しても長政は上からではなく、調整役として解決を図っていたそうだ。あくまでも、横のつながりを意識した統治方法だったらしい。

 

長政は地元民から食べ物をもらったら、御礼の手紙をちゃんと書くという、実に丁寧な人。

 

 

そして長政が居を構えていた小谷城は山の最も高い場所ではなく、一段低いところにあったそうだ。では、一番高いところには誰がいたのかというと、かつて近江を治めていた京極家。なんとも謙虚で義理堅い男だったようだ。

 

サイコ義兄・信長

 

長政とは対照的に描かれていたのが義理の兄、信長。

 

 

 

ちなみに『本能寺ホテル』はまだ見ていない。

 

長政は生まれつき恵まれた環境にいたので、領土を広げるために血を流して戦う必要がない。そんな坊ちゃん育ちの長政にカチンときたのか、信長は手紙の中で他の大名には”殿”をつけるも、長政だけは呼び捨てにした。

 

他にも信長は、あいつマジで仕事できないんだけど、みたいなことを言ったらしい。

 

周囲との協調を重んじる長政と、上下関係で支配しようとする信長。こういった人たちの対立を、かつての職場でも見たことがあるような気もする。

 

確かに、若い頃から一族同士で殺し合いをしてきた信長からしたら、長政はかなりぬるい。互いに、一生理解し合えないであろう相手だ。

 

人望があった

 

近年では、このままでは北近江も危ないので、そこに暮らす人々を守るために、長政は信長を裏切ったという説が出てきたらしい。

 

姉川の戦いでは、もう小谷城に籠るしかないというところまで追い詰められるも、北近江の惣村の人びとが自主的に立ち上がり、織田軍を攻撃している。

 

この内容が本当なら、長政という男にはかなり人望があったようだ。ここいらに私、感激。そして最期は、これまで共に戦ってくれた人たちに感謝の手紙をしたためる・・・・・・享年29歳。

  

育ちのいい人間が、最後はサイコ野郎に振り回されるというところも、実に「らしい」じゃないか。

 

人間は育ち・性格が良いだけではいけないなぁと思いつつ、次の旅行先は滋賀かなと考え始める。