【興福寺・ならまち・法隆寺】奈良に2泊3日の旅~1日目~

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2017年10月7・8・9日、世の中は三連休である。私は毎日がホリデーみたいなものだが(うそ。つらい)、友人と予定を合わせて2泊3日の国内旅行へと行ってきた。行き先は奈良だ。

 

 

「えっ、奈良だけ?」伝えた人は全員そう言う。

 

「うん、奈良だけ。」と答える。何が悪いのか。ただ、言わんとしていることはわかる・・・。そんな存在、NARA。

 

旅の記憶が薄れないうちに、思い出を書いておこう。

 

近鉄奈良駅・行基広場

 

東京駅を8時ちょうどに出て、京都駅まで。それから特急で近鉄奈良駅へ。

 

まずはせんとくんがお出迎え。意外と二重なんだね。

 

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近鉄奈良駅を出て地上に出ると、すぐにあるのが行基広場というらしい。私たちが着いた頃、ちょうど南米っぽい音楽を演奏をするペルー人らしきおっちゃんがいて、奈良の雰囲気はかき消された。

 

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 興福寺 

 

興福寺の方へ近づくにつれ、徐々にふれあい動物園のかほりが・・・。いなさった!

 

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ときに溝にはまってるし、道路も渡っている。ちなみにこの日から、鹿の角切りが行われた模様。(毎年10月上旬の3日間)

 

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↓こんなベストポジションにいられたら、撮るしかないのである。鹿だけに。

 

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興福寺では現在、国宝館は休館中である。しかし有名な興福寺仏頭や阿修羅像などは見物、いえ見仏できた。撮影はNGだったので、現地で撮った写真はなし。

  

 

仏像に関する知識・興味などはあまりないけれども、他の仏像と見比べると、阿修羅像は確かにイケメンだった。むしろ他の仏像たちにがんばれと言いたい。

  

 

ただし迦楼羅(かるら)像というくちばしを持っている仏像は、あれはあれでキャラが立っていて素敵だ。迦楼羅とは、インド神話に出てくる蛇を食べる鳥のことらしい。

  

 

このあたりから、奈良の魅力に憑りつかれ始める。しびぃー、奈良しびぃーーーーーー!!!

 

ならまち

 昼食をどこでとるか考えもしていなかった私たちは、とりあえず「ならまち」と呼ばれるエリアへ。思った以上に近鉄奈良駅から歩くことになり、途中すごく不安になる。

 

結局、カレー屋さんに入る。奈良っぽさのかけらもない。普通に美味しいココナッツカレーを食べる。

 

開化天皇陵

 

その後ならまちからJR奈良駅まで歩く。その途中、「開化天皇 春日率川坂上陵」なるものを発見。中には入れなかったので、外観だけ。

 

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開化天皇は第9代天皇と言われており、その存在は微妙な人物である。にしても、宮内庁の人、もっと字のうまい人はいなかったのか。

 

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法隆寺

 

JR奈良駅から法隆寺へ。なんと、法隆寺の管長の息子さんに、法隆寺を案内してもらえることになったのだ。もちろん私の力ではなく、一緒に行った友人の日頃の行いが良かったからである。

 

法隆寺のかんちょうさん?

 

ところで「かんちょう」とはどういう役職なのか?それまで何も知らなかった私は、国宝館かなんかの館長だと勝手に思っていた。管長とはめちゃくちゃ簡単に言うと、どうやら一番偉い人のことらしい。

 

そんなすごい方の息子さんに、おそれ多くも私たちは「時間がないので、なるべく短い時間でお願いします」と申し出る。通常は2~3時間かかるコースを、1時間半でまわってくれることに。

 

斑鳩天満宮のお祭り

 

ちょうどその日は斑鳩天満宮という神社のお祭りの日だったらしい。神仏習合時代のなごりで、現在もお祭りのときは法隆寺の境内にまでお神輿が入って来るそう。

 

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↓こちらは東大門。

 

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西円堂の横にある隠れ地蔵

 

下記は西円堂の御朱印。法隆寺には御朱印をいただける場所は西円堂と聖霊院の2か所だそうだ。

 

 

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西円堂のすぐ横に、扉で隠されているお地蔵様がいらっしゃった。鈴が付いているので、それが一応の目印になっているけれど、普通に観光していたらまず見過ごすと思われる。

 

こちらのお地蔵様の左手(参拝者から見て右)は木でできていて、引き抜くことができる。その手で、体の悪いところをさすると良いらしい。私はお約束のアタマと肩、腰をさする。

 

こちらのお地蔵さんの写真を撮ってもいいですか?と聞いたところ、「仏様なのでやめてください。」とごもっともなことを言われたので、その後もビビってあまり写真は撮れていない。

 

これが有名なエンタシス。

 

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大宝蔵院・百済観音堂

 

ここらへんからは、情報量が多すぎてよく覚えていない。だが建物内に入るなり、見たことのある絵が飾ってあるではないか。

 

聖徳太子画像

 

 

 

※写真はAmazonから。実物を撮った写真ではない。これはかなり寄っている。想像力を働かせて、引きで見て欲しい。 

 

こちらに展示してある絵は模写だそうで、本物は明治時代に皇室に献上されている。経済的理由から手放したそうな。他にも多くの宝物が献上されていて、現在は東京・上野の東京国立博物館に収蔵・展示されているとのこと。意外と近くにあったな。

 

中には返して欲しい物もあるそうだが、モノによってはお寺では保存することができないような宝物もあるので、献上したことは悪いことばかりではなかったそうだ。

 

玉虫厨子

 

法隆寺の大宝蔵院に話を戻して、玉虫厨子(たまむしのずし)の本物はこちらにある。厨子とは簡単にいうと、仏様に関する物をしまっておく入れ物のことらしい。だから例えミカン箱でも、しまっていれば厨子。にゃるほど。

 

百済観音

 

 

9頭身、スーパーモデル並の観音様。こちらの百済観音像、韓国でつくられて日本へ持って行った、と韓国国内では言われているらしい。ただ、韓国では自生していない木でつくられているそう。何を信じるか信じないかはあなた次第。

 

法隆寺は世渡り上手?

 

歩いている途中、現在は展示していないけど、信長からの書状なんかもあると教えてもらった。そして法隆寺は秀吉の味方についたけれども、家康が門に大砲を持ってきて脅してきたので家康の味方になったそうだ。

 

なぜ法隆寺が脅されなくてはならなかったのかというと、大坂城築城の際に、法隆寺の宮大工たちも関わっていたかららしい。じゃあ大坂城の地図持ってんだろ、出せーーー!ついでに徳川の味方しろーーーーー!!!ということだったそう。ほぇ~。 

 

そんなことを言われてみれば法隆寺は、教科書だと飛鳥時代にしか出てこない。時の権力者たちに焼かれたり潰されたりしなかったから、世界遺産にもなれたのだろう。うまく世渡りをしてきた証拠なんだね、きっと。

  

 聖霊院

 

聖徳太子の像を安置するためにつくられた場所だそう。こちらでも御朱印をいただける。

 

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「和を以て尊しと為す」と書いてある。

 

 他にもたくさんのお話を聞いたはずだが、今の私に思い出せるのは以上・・・。なお、プライベートな内容はもちろん削った。むしろ、そちらの方がはっきりと覚えているのだが。

 

案内していただいた後、おうちに上がらせていただき、お茶とお菓子までいただいた。そして最後は管長さんにも挨拶できて、なんとも貴重な経験をした。

 

「またおいで」とおっしゃっていただけたから、その言葉、本気にしようと思ってる。

 

上野の東京国立博物館、近いうちに見に行きたい。

 

飛鳥鍋

 

胸いっぱい。奈良駅まで戻ってきた私たちの夕ご飯は「飛鳥鍋」。奈良の郷土料理で鶏ガラの出汁に牛乳が加えてあるお鍋のこと。具はいたって普通だったりする。鶏肉・つくね・もやし・ニラ。

 

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えっと・・・ 見た目通りのお味。2日目に続く。