甲子園を見てたら自分が悲しい人間だったことに気づかされた

スポンサーリンク

 判官贔屓(ほうがんびいき)

源義経を薄命な英雄として愛惜し同情すること。転じて、弱者に対する第三者の同情や贔屓。(広辞苑より) 

 私が判官贔屓という言葉を知ったのは、小学校中学年ぐらい。先生が「甲子園を見てると、負けてる方を応援しちゃうでしょ?」と説明してくれた。確かにそうだ。とても良い例えだと、子どもながらに思った。

 

f:id:kobayakawahtn:20170810023518j:plain

 

今年も熱い夏が来たよー!!

 

フリーだから、がっつり甲子園が見れる。とは言っても、さすがに仕事は真剣にしないとヤバイ。なので、甲子園の中継がBGM代わりになっている。ただし休憩中は本気出して見ている。ちなみに応援している学校は、特にはない。

 

そして・・・ふと、気づいてしまった。わたし、常に勝ってる方に肩入れしている。それどころか、負けてる方に対しては厳しい感情を持ってしまう。

 

さらに、勝っている方がエラーした場合には、怒りすら感じる。いやいやいや、出来るあんたたちがエラーしてどうすんの?しっかりしろよ、と。

 

結果出せないヤツは無視。悪。優秀な人間でも、ミスをしたら人格まで否定される。そんな環境にいたから、そら判官贔屓なんて言葉は忘れてるわ。

 

悲しい人間になっちまってたんだな・・・。今からでも今年の夏は、優しい気持ちで高校球児たちを見守るって決めた。